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第2話 フィオナ・ド・ヴェルメール

Author: 米糠
last update Last Updated: 2025-12-17 06:29:54

 初めての授業(ホームルーム)を終え、セリウスたちは学舎の男子寮へ向かった。騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》は全寮制である。

 石造りの廊下には、荷物を抱えて右往左往する新入生や、容赦なく声を張り上げる上級生たちの姿があった。

 窓の外には練兵場が広がり、槍を振るう上級生たちの掛け声と、陽光をはじく金属音が爽快に響いている。

 セリウスは自室に荷物を運び入れ、ふと息を整えたそのとき――背後から、不意に声をかけられた。

「初めまして。お隣さん」

 振り向いた瞬間、息を呑む。

 そこに立っていたのは、長い黒髪を背に流し、宝石のように澄んだ蒼の瞳と白磁の肌を持つ“絶世の美女”だった。

 (……は? 男子寮に女?)

 一瞬そう思ったが、声にはわずかに低音が混じっている。

 年齢は同じくらいに見える。寮母にしては若すぎるし。……ドレス姿でここにいるってことは? 

「……あの、あなたは?」

「自己紹介が先ね。フィオナ・ド・ヴェルメール。一年生よ。お見知りおきを」

 彼――いや、彼女?――は優雅にスカートの裾を摘み、舞踏会さながらのカーテシーをしてみせた。その仕草は女王に謁見する淑女のように完璧で、しかも自然。

 視線がセリウスを上から下までさらりと流れ、値踏みするように止まる。その口元に、意味深な笑みが浮かんだ。

 (男子校の生徒ということは……やっぱり男? いや、女にしか見えないけど……それにしても美形すぎる! なんで男子寮に、こんなのが……。私、女なのに、完全に負けてるんだけど!)

 セリウスは心の中で頭を抱えつつも、表情には出さずに一歩前へ。

 胸に手を当て、努めて落ち着いた声で名乗った。

「セリウス・グレイヴです。初めまして。これからよろしくお願いします」

 声がわずかに裏返りそうになるのを、必死に押し殺す。

「あなた、随分と整った顔立ちね。しかも……肩幅が私より狭いわ。ふふ、もし私みたいに女装したら――間違いなく見惚れるほどの美人になるでしょうね」

 心臓が跳ね上がる。

 (なっ……!? 一目で“女かも”って疑うとか、どんな観察眼よ! いや、違う、これはただの冗談……だよな? ていうかアンタの肩幅が広いだけだろ!)

「……気のせいだ」

「ふふっ、やっぱり面白い子。いいわ、あなた――私の好みだし、興味あるわ」

 (……は!? え、ちょっと待って。これ、オカマにアプローチされてる? しかも、私を男として口説いてるのか、それとも女として見抜いてるのか……どっち!?)

「フィオナ、あんまりからかうな」

 アランが間に入り、軽く眉をひそめた。

「セリウスは俺の幼馴染だ。手を出すなよ」

「『手を出すな』なんて言われると、逆に手を出したくなるのが人情でしょう?」

 フィオナはこともなげに返し、ベッドに腰を下ろすと、優雅に脚を組んでみせた。窓の外には夕焼けが差し込み、その横顔を赤く照らす。

「それに……あなたも実に綺麗なお顔だこと、アラン君?」

「……フィオナ」

 アランがため息をつく。

 フィオナはひらりと手を振り、話題を変えた。

「ま、冗談はさておき――ねえセリウス。この学舎で困ったことがあったら、私を頼りなさい。情報、人脈、噂話……これでも顔が広いのよ」

(……いや、冗談の方が濃すぎて、全然“さておき”になってないんだけど! でも、確かにこの人……女みたいにお喋りっぽい。積極的だし、噂話にはもれなく首を突っ込みそう。人脈は広そうだし、確かに情報を得るのは速そう)

「は、はい。頼りにさせてもらいます」

「ところでフィオナ。確認しておきたいんだが、フィオナは男でいいんだよな?」

 アランが眉をひそめ、真剣な声を出す。

「その恰好はどう見ても女の物だし、ここは男子寮だ。セリウスの隣が君の部屋なら矛盾がしょうじる!」

「あーら。やっぱり私が女に見えるのね。正直なんだから、アランは」

「服装が女の物だと言っているだけだ」

「でも、確認が必要なんでしょう? ほら、触って確かめる?」

 フィオナがすっとアランの手を取った瞬間――アランは顔をしかめ、慌てて振り払う。

「よせ!」

「あーら。可愛い……アランって、けっこうウブなのね」

「違うだろう。変なものを触らせるな!」

「失礼ね、アラン。私ほど魅力的な女はそうそういないわよ?」

 胸を張るフィオナ。

「男ってことでいいんだよな! でなきゃ男子寮に入れるはずない。魅力とかどうでもいいけど、その格好はやっぱりおかしい!」

 セリウスが思わず割って入った。

「私はね――心も見た目も女。ちょっと余計なものが付いてるだけ」

「「あるんのかよ!」」

 セリウスとアランのツッコミが見事に揃う。

「……はぁ。やっぱり騎士養成学校ってのは、変わった奴も集まるんだな」

 セリウスは思わずぼやいた。

「ふふ。セリウス、あなたもドレス着てみる? きっと似合うわよ」

 フィオナが猫のように目を細め、セリウスの顎に指を伸ばす。

「や、やめろっ!」

 セリウスは飛び退き、真っ赤になって木剣を構えるような格好をした。

「こ、今度そんなことしたら叩き斬るからな!」

「怖い怖い。……でもその反応がまた可愛いのよね」

 フィオナはけらけらと笑い、ベッドにごろんと寝転がった。

「……おい、セリウス」

 アランが半眼で呟く。

「お前、もしかしてコイツに気に入られてるんじゃないのか?」

「ち、違う! 断じて違う!」

「いいえ。私、セリウスも、アランも気に入ったわ」

「わ、わ、私もか!」

 アランまで赤面する。

「だって、二人ともイケメンなんだもの。女が放っておくわけないじゃない」

「「よしてくれ!!」」

 フィオナは楽しそうに肩をすくめ、しれっと言った。

「じゃあ、初めは、男として友達になってくれる?」

 セリウスとアランが、互いの顔を見合わせた後アランが答える。

「『初めは』ってのが気になるけど……男としてなら友達になるのは、やぶさかではない」

「うん。男としてなら、ね」

 セリウスも頷いた。

「ありがとう。二人とも」

 握手を交わす三人。

「ふふ、いいわねぇ。青春って感じ」

 フィオナは手を離すと、頭の後ろで腕を組んでにやにやと二人を眺めた。

「ま、これから寮生活は長いんだし……退屈しなくて済みそうだわ」

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